リクラブをしたいならやってはいけない、たった一つのこと

こんにちは、”愛の抜け殻”こと。ライターの若大将です。

近頃はバレンタインデーが近い。という時節も相まり私の中で「あるトピック」への関心が非常に高まってきました。

 

そのトピックとは、そう「リクラブ」です。

 

リクラブとは「リクルートラブ」の略称であり、その意味するところは当然「就活中の恋愛(ラヴ)」のこと、リクラブとは「陸戦型の恋愛(ラヴ)」でもなければ「いくら新しい恋をしても、永遠にまとわりつく愛したあの男の記憶」でもありません。

 

もちろん本来的なリクラブが結果的にそのような失楽園的な愛に変質することはありえますが、愛というものはやはりくぁwせdrftgyふじこlp;@

 

早くも話が脱線しそうなので今のうちに本題に戻りましょう。

 

つまり、何が言いたいかというと。「私はリクラブがしたい」ということです。

 

今まで散々リクラブなどという生暖かい言葉に対し斜に構えていた私ですが、やはり街がバレンタインデーと就活で色めき立つごとに焦りを感じる自分を感じるごとに、本当の自分はそれを望んでいることが映し出されてしまいます。

 

これはスラムダンクでいえばまさにあの三井寿(ひさし)と同じ心境。

いつまでも自分の過去の栄光にすがりつき、口だけは大きいが自分の実力のなさを認めるだけの度量の大きさは持ち合わせていなかった三井寿。

 

自分と同じ不良のレッテルを貼られているにも関わらずイキイキとバスケをする桜木花道を見たことで、覆い隠したはずのコンプレックスが暴走してしまう三井。しかし、それもすべて彼がバスケを求めているが故なのです。そして最終的に放った言葉が

 

「安西先生…!!……バスケが…したいです」

 

あの三井寿がそうであったように。私たちはそれをどんなに遠ざけようとも、やはり最後には自分の欲するところに素直になってしまうのではないでしょうか?つまりどういうことかというと

 

「安西先生…!!……リクラブが…したいです」

 

リクラブがしたい。三井寿がバスケを求めたように、私もリクラブを求めているのです。

 

しかし、そうは言っても実際のところ、リクラブというものは「就活生」という特権階級を与えられた人間にしか出来ません。よって私のような、すでにその肩書きを失ってしまった人間たちは。リクラブをする土俵に上がることすら許されていないのです。

 

つまり、三井寿で言えばこれは「バスケしたいけど高校は卒業してしまった」ようなもの。湘北高校を舞台にした漫画にありながらにして、登場人物である三井はすでにOBになってしまっている。

 

そして突如母校の体育館に乗り込み、湘北高校のバスケ部員たちに散々暴力を振るった挙句に放たれた言葉は

 

「バスケがしたいです」

 

もう卒業してるのに。

 

新入生はおろか上級生もほとんどその存在を認知していないOBが、自分たちに散々暴力を振るった挙句にボロ泣きしながら顧問に向かってバスケがしたいと訴えている。もう卒業してるのに。なんだこの状況は。どうしようもない。これにはさすがの安西先生も諦めることを勧めるのではないでしょうか。

 

つまり、もうすでに就活生ではなくなってしまった私にはもう。リクラブをする資格など有りはしないのです。

 

リクラブをしたいすべての就活生に送る

 

かくして、私の「リクラブがしたい」。という欲望は就活生である読者のみなさんに託されることとなりました。みなさんには是非私の代わりに思う存分、リクラブを謳歌していただきたい。

 

しかし、いきなり顔も見たことがない全く見ず知らずの男から「俺の分まで、リクラブしろよ」なんていきなりリクラブの任務を負わされるのは意味がわかりません。面倒くさい地雷が強引に足元に向かって滑り込んで来たような気分だと思います。

 

しかし、リクラブというのは本当に素晴らしいものです。だって愛(ラブ)なんですから。愛は地球を救う。最後に愛は勝つ。リクラブこそは救世主(メシア)なのです。

 

そして、そのリクラブというものがいかに素晴らしいか。それはあのスラムダンクの三井寿をみれば一目瞭然です。

 

三井は、三井は本当にただバスケを愛していただけなのです。バスケを愛し、バスケに愛された三井はただその道中、自分を見失ってしまっただけなのです。武石中学時代からエースシューターとして活躍し、同中学を神奈川県大会優勝へと導いた三井。

 

彼はあまりにもバスケに愛されてしまったがために、周囲からあまりに重い期待を背負わされることになってしまいました。そして、周りから「エース」「スーパースター」と呼ばれ続けた三井少年はいつしか、自分を見失い、バスケへの愛を歪めてしまうこととなった。

 

大きすぎるバスケへの愛が先走り、自分の体を顧みることなく無茶な練習を続けた三井は膝を壊し。その傷が治りきるのを待つこともなく。再びバスケへの愛に駆り立てられるままに体に無理をさせた。そしてそんな彼を待っていたのは、バスケからの祝福などではなく、バスケからの拒絶とも思えるような現実だったのです。

 

バスケへの歪んだ愛情が彼の全てを覆い尽くした頃にはもう全てが手遅れで。もはや自分を見失った三井に、バスケへの愛と自分への憎悪を見分ける術はありませんでした。

 

やがて三井はその現実を肯定するため、かつて愛したはずのバスケを自ら否定し始めました。自分への憎悪をバスケへの怒りへと転化することで、自分の心守ろうとしました。

 

かつての自分以上にバスケを愛する人間も。バスケに愛される人間も、全てを否定することでこの現実を肯定しようとしたのです。その姿はあまりにも醜く。そこにはもうかつての「スーパースター」三井の姿はなく、あるのはただバスケとの恋に敗れた、悲しい青年の姿でした。

 

しかし、そんな三井を再びコートに呼び戻したのも。やはり”バスケへの愛”でした。体育館で暴れた後、安西先生の姿を見た三井は我に帰ります。しかしこの場面において安西先生が実質的に行ったことは、ただ三井の前に姿を表しただけであり、それ以上のことは何一つしていません。

 

きっと三井は初めからわかっていたのでしょう。自分はまだ「バスケを愛している」ということを。彼はただ自分とバスケを結ぶ”赤い糸”。そのもつれを解いてくれる何かを探していただけです。

 

しかし、その”三井とバスケの赤い糸”の存在が無ければ、三井はあのまま腐ってしまったことでしょう。彼は愛ゆえに道を外れましたが、一方では愛ゆえに道を取り戻すことができました。バスケへの愛が再び三井をコートに呼び戻し、彼を救ったのです。

 

どうですかみなさん。やはり愛とは素晴らしいものではありませんか。

 

というわけで。皆さんのリクラブへの欲求が最大限にまで高まったところで、そろそろお時間となりました。最後に私から「リクラブでやってはいけない、たった一つのこと」を贈らせていただき、この記事の結びとさせていただきたいと思います。

 

リクラブでやってはいけない、たった一つのこと。それは

 

「なんでもかんでもスラムダンクで例えること」

 

以上です。お付き合いありがとうございました。

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